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Ladygrey

ユトランド沖海戦 : 巡洋戦艦インヴィンシブル

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1916年の春までに、ドイツ帝国海軍とイギリス王立海軍は、既に世界各地の海において幾度もの「挨拶」を交わしていた。そして、ドイツ海軍大洋艦隊の活動が活発化したことに呼応してイギリス側も作戦行動を開始し、この結果として、一次大戦中における唯一の大規模海戦となるユトランド沖海戦が発生した。この海戦に関しては、多数の学術論文が存在しているが、今回の記事は、焦点を巡洋戦艦インヴィンシブル ( Invincible ) のみに絞っている。本艦は、この海戦の際には、第3巡洋戦艦戦隊 (司令: ホーレス・フッド少将) の旗艦を務めていた。

このインヴィンシブルは、世界初の巡洋戦艦として 1909年3月16日に就役し、1914年8月に小改装が施された後、第 2 巡洋戦艦戦隊の旗艦として「大艦隊 ( Grand Fleet )」に加わった。そして 8月28日に発生したヘルゴラント・バイト海戦が、本艦にとって初の実戦となった。この海戦においては、デビット・ビーティー中将指揮下のイギリス艦隊が、ドイツの巡洋艦 3 隻と駆逐艦 1 隻を撃沈した。この際にインヴィンシブルは軽巡洋艦ケルン ( Cöln ) の撃沈に貢献している。

11月11日、インヴィンシブルは南アメリカ沿岸に向けて航行中であった。この海域においては、マクシミリアン・フォン・シュペー中将率いるドイツ戦隊がイギリス軍に大きな被害をもたらしており、これを撃破することが、インヴィンシブルを含むイギリス戦隊の任務であった。12月8日に、フォークランド諸島付近にシュペー中将の戦隊が出現した。ドイツ戦隊は戦いを余儀なくされイギリス戦隊に徹底的に叩きのめされた。この戦いにおいては、イギリス戦隊の方が艦艇数が多く、主砲の射程においても上回っていた。この結果としてドイツ側は装甲巡洋艦シャルンホルスト ( Scharnhorst ) およびグナイゼナウ ( Gneisenau )、防護巡洋艦ライプツィヒ ( Leipzig ) およびニュルンベルク ( Nürnberg ) を失った。この戦いにおいてインヴィンシブルは 513 発を射撃し、22 発を被弾したが、損害は軽微であり、2 名の乗組員が負傷したに留まった。

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インヴィンシブルはその後、18 ヶ月間に渡って戦闘に加わる機会がなかった。そして 1916年5月30日、本艦は第3巡洋戦艦戦隊の旗艦としてスカパ・フローから出撃したが、その後間もなく、命運を決することになる。

5月31日、暖かな陽射しの中、イギリスとドイツの大規模艦隊が北海に向けて航行中であったが、互いの動向を明確に掴めていたわけではなかった。そして互いの戦力は、ジョン・ジェリコー大将率いるイギリス艦隊が合計 155 隻だったのに対し、ラインハルト・シェア中将率いるドイツ艦隊は合計 99 隻であったが、どちらも相手側の正確な戦力と計画を把握できていなかった。

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ドイツ艦隊はスカゲラク海峡の入り口方面に向けて北進しており、イギリス艦隊は東進して、同じ目的地を目指していた。それでも、両艦隊は遠く離れたまま 1 発も砲撃することなくすれ違うはずであった。しかし、偶然にも両艦隊の間にデンマークの蒸気船フィヨルド ( Fjord ) が入り込んだことが、事態を変えた。両艦隊が、蒸気船を調査するために偵察艦艇を送ったのである。そのためにドイツ側は駆逐艦 B-109 および B-110 を、イギリス側は軽巡洋艦ガラティア ( Galatea ) およびフェートン ( Phaeton ) をそれぞれ送った。そして互いに接近した結果、14:28 にイギリス側が敵を発見し、10,000 m の距離で射撃を開始した。こうして歴史上でも最大規模の海戦のひとつとして知られるユトランド沖海戦の幕が上がったのであった。

戦いの最前線においては、ビーティー中将率いるイギリス第 1・第 2 巡洋戦艦戦隊が、フランツ・フォン・ヒッパー中将率いるドイツ第 1 偵察群と激突し、複数の巡洋戦艦同士による砲戦が開始された。そしてこの瞬間から戦闘が終結するまで、霞や霧を伴う変わりやすい天候もまた影響を与えた。交戦の序盤においては、ドイツ側の海面には灰色の霞が掛かっており、これがライトグレーに塗装されたドイツ艦艇のシルエットを不明瞭にしていた。その一方でイギリス艦艇の塗装はダークグレーが主体であり、雲のない空を背景にくっきりと視認することができた。そして 15:50 に最初の血が流された。ドイツ巡洋戦艦モルトケ ( Moltke ) が放った砲弾のうちの数発がイギリス巡洋戦艦タイガー ( Tiger ) に命中し、2 基の主砲塔を使用不能にした。その間に、ドイツ巡洋戦艦リュッツオウ ( Lützow ) が放った砲弾がイギリス巡洋戦艦ライオンの脆弱な 102 mm 副砲座に命中し、多数の乗組員の命を奪った。対するイギリス側は、巡洋戦艦クイーン・メリー ( Queen Mary ) がドイツ巡洋戦艦ザイドリッツ ( Seydlitz ) に命中弾を与えた。ザイドリッツは 1 発目の被弾で電気配線に損害を受け、別の 1 発が装甲を貫通して 280 mm 砲塔内で炸裂し、砲塔内の乗組員全員の命を奪った。16:05、イギリス側は最初の 1 隻を喪失した。ドイツ巡洋戦艦フォン・デア・タン ( Von der Tann ) が放った複数の砲弾がイギリス巡洋戦艦インディファティガブル ( Indefatigable ) の装甲を撃ち抜き、弾薬庫を誘爆させた。この結果としてインディファティガブルは轟沈し、急速に沈んでいった。1,018 名の乗組員が艦と命運を共にし、生存者は僅か 4 名であった。さらに 16:26、今度はクイーン・メリーがドイツ艦艇の集中砲火を受けて弾薬庫の誘爆に至り、天高く炎を上げて爆沈した。1,266 名の乗組員が戦死を遂げた。

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その間、ジェリコー大将の本隊の前衛を務めていたイギリス第 3 巡洋艦戦隊 (インヴィンシブル (戦隊旗艦)、インフレキシブル ( Inflexible )、インドミタブル ( Indomitable )) に対し、ビーティー中将の支援に向かうように命令が出された。ホーレス・フッド少将率いるこの第 3 巡洋艦戦隊には、軽巡洋艦チェスター (Chester) およびカンタベリー ( Canterbury )、ならびに駆逐艦 4 隻 (シャーク ( Shark )、アカスタ ( Acasta )、オフィーリア (Ophelia)、クリストファー ( Christopher )) が随伴していた。そして 1 隻の軽巡洋艦が戦隊の前方に、もう 1 隻の軽巡洋艦が戦隊の右舷側に陣取り、前衛の警戒にあたった。17:27、チェスターの乗員が遙か南東方面から聞こえてくる砲撃音に気付き、艦長のローソン大佐は、その方向へと進路を向けた。そしてその数分後に、交差する進路で接近中のぼんやりとした艦影群を認めた。これはドイツ第 2 偵察群の軽巡洋艦であり、駆逐艦を伴っていた。ローソン大佐は、なるべく多くの砲で射撃すべく、面舵を取った。この進路変更によってチェスターは単艦で 5 隻のドイツ巡洋艦と交戦する形となってしまい、5 分間で多数の砲弾を浴びて大打撃を受け、76 名が死傷した。

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その間、フッド少将は、駆逐艦戦隊に旗艦インヴィンシブルの左舷後方側をカバーさせつつチェスターの救援に向かっていた。しばらく後、ドイツ巡洋艦戦隊の特徴的なシルエットが現れ、南東から接近してきた。駆逐艦戦隊旗艦のシャークは直ちに攻撃に向かい、他の駆逐艦もそれに続いた。しかしその後、フッド少将の巡洋艦戦隊を狙うドイツの駆逐艦戦隊が不意に出現した。だがシャークの意図を悟ったドイツ駆逐艦戦隊は、味方巡洋艦を守るべく進路を変えた。そして激戦が展開され、シャークは致命的な損害を受けた。

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その時、フッド少将率いるインヴィンシブルは、報復を果たすべく戦闘域に近付きつつあった。そして 305 mm 砲の正確な射撃がドイツ軽巡洋艦ヴィースバーデン ( Wiesbaden ) を捉え、大打撃を与えて航行不能にした。ヴィースバーデンはその後もイギリス艦艇からの攻撃を受けつつも生還を果たすべく努力し続けたが、翌 6 月 1 日の未明に沈没した。そしてドイツ軽巡洋艦ピラウ ( Pillau ) およびフランクフルト ( Frankfurt ) もまた、イギリス艦隊の怒りから逃れることはできなかった。両艦は大きな損害を受け、退避を強いられた。

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フッド少将率いる戦隊は、18:20 までにビーティー中将の巡洋艦戦隊の前方に到着し、インヴィンシブル他の艦艇は、霞の中から姿を現したドイツ巡洋戦艦リュッツオウに対し、約 9,000 m の距離から速やかに攻撃を開始し、リュッツオウは数発を被弾して炎上した。フッド少将の戦隊旗艦は、巡洋戦艦リュッツオウおよびデアフリンガー ( Derfflinger ) から狙われることになったが、太陽光の状況変化がドイツ側にとって不利となっていたため、ドイツ側の照準は不正確なものであった。その一方で、インヴィンシブルは理想的な条件で射撃することができていた。デアフリンガーの一等砲術士官だったゲオルク・フォン・ハゼ氏は、その時のことをこう語っている。「 1 発の大型砲弾を装甲に被弾した際、激しい爆発が起こり、艦全体が振動した。艦長は、被弾を避けるべく数回に渡って陣形を崩さなくてはならなかった。」 しかし 18:29、インヴィンシブルを守っていた霧が不意に晴れたため、ヒッパー中将の戦隊と並走していたインヴィンシブルは、ドイツ艦艇にとって格好の的となった。そしてデアフリンガーが放った最初の斉射が、インヴィンシブルの後部に命中し、その 30 秒後には、次の斉射が前部に命中した。さらにその 20 秒後、複数のドイツ艦艇がほぼ同時に斉射を加え、次の瞬間、恐るべき大爆発によって海面が沸き立った。巨大な火柱が天高く上がり、船体のパーツを辺り一面にまき散らした。その結果として真っ二つに分断されたインヴィンシブルの船体は、僅か 1 分にも満たない間に、濃密な黒煙に包まれながら沈んでいった。そして浅い場所であったため、前後に分断された船体が海底から突き出るような形となった。フッド少将を含む 1,020 名もの乗組員の命が失われた。

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駆逐艦バジャー ( Badger ) がこの大惨事の現場に到着し、救出作業が行われたが、生存者は僅か 6 人に過ぎなかった。世界初の巡洋戦艦として誕生し、ヘルゴラント・バイト海戦とフォークランド沖海戦で勝利を収めたインヴィンシブルの艦歴は、このようにして終わった。

ユトランド沖海戦における戦闘はその後も翌日未明まで続き、海底は血と鋼鉄で満たされた。この海戦における両軍の損害は、ドイツ帝国側が戦死 3,039 名、巡洋戦艦 1 隻、前弩級戦艦 1 隻、軽巡洋艦 4 隻、駆逐艦 5 隻であったのに対し、イギリス王立海軍側は、戦死 6,784 名、巡洋戦艦 3 隻、装甲巡洋艦 3 隻、駆逐艦 8 隻に達したのだった。

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