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Ladygrey

朝潮 (Asashio) : 艦隊型駆逐艦の完成形

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史実においては、朝潮型駆逐艦 は 10 隻のみが建造されました。このゲーム上においては、Tier VIII の 陽炎型駆逐艦 (Kagero) と極めてよく似た性能となっており、技術ツリーに反映するまでの差はありません。

ではこの 朝潮型駆逐艦 の大きな特徴とは何なのでしょうか? それは、この艦級が、技術ツリー上の Tier V 以降に実装されている日本の各種駆逐艦とのギャップを埋める存在である、という点にあります。

この記事では、大日本帝国海軍における駆逐艦の進化の歴史を振り返った上で、この 朝潮型駆逐艦 の特徴を詳しくご紹介します。

最初に、World of Warships プレイヤーの皆さまは、日本の駆逐艦 というと、どのようなことを連想するでしょうか?
皆さまがゲーム体験を通して知った印象には、それがどのようなものであれ、史実のエッセンスが含まれています。
しかしながら、歴史的観点からの評価としては、日本の駆逐艦は「艦隊決戦用として特化し過ぎており、強力ではあるが汎用性を欠き、ミスマッチであった」とされることが多いのです。

このような歴史的評価を World of Warships におけるスタンダードに反映した場合には、汎用性を欠く とは、すなわち 対空能力の欠如 であると言えるでしょう。

日本の駆逐艦の歴史における「決戦兵器」としての進化は、Tier VI 吹雪 (Fubuki) に始まります。ワシントン海軍軍縮条約において日本は、主力艦の合計排水量をアメリカおよびイギリスの 6 割までに制限されました。その一方で、この軍縮条約においては駆逐艦については制限が課されなかったため、日本は強力な駆逐艦を多数建造することでこのギャップを埋めようとしました。

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Fubuki

その結果として誕生したのが 吹雪 ( Fubuki ) でした。
12.7 cm ( 5 インチ) 砲 6 門と 3 連装 61 cm 魚雷発射管 3 基を搭載し、37 ノットという高速を誇る本級は、従来の駆逐艦よりもほぼ 1.5 倍の武装を備えた「超駆逐艦」だったのです。吹雪型駆逐艦には設計や建造時期が若干異なる 3 種類のサブクラスがあり、それぞれの 1 番艦の名前から 吹雪型 ( Fubuki-class )、綾波型 ( Ayanami-class )、暁型 ( Akatsuki-class ) として知られています。そして 暁型 は、このゲームにおいては Tier VII 駆逐艦として実装済みです。

しかし、1930 年に新たに締結されたロンドン海軍軍縮条約においては、駆逐艦に対する制限が加えられました。この条約においては、駆逐艦の定義として、排水量は 600 – 1,850 トン、備砲は 5.1 インチ (約 13 cm) 以下であることが定められ、さらには、1,500 トンを超える駆逐艦は各国に許されている合計排水量の 16% 以下までとする制限も加えられました。これらの制限が、吹雪型 のような大型駆逐艦を「規制」するためだったことは明白です。
日本側はこのことについて、「自分たちがグローバル・スタンダードの範囲内で行なってきた努力が、アングロ・サクソン諸国による不公平な連合の結果として無駄になった」と感じました。その一方で、他の各国としては、「日本は軍縮条約の意義を充分に理解することなく、ルール上の抜け穴を不正利用することで軍拡を続けようとした結果として、より厳しい立場に立たされる結果になったのだ」と見ていました。

どちらにせよ、日本はこの新たな軍縮条約の結果として、吹雪型駆逐艦の建造を中止せざるを得なくなり、1,400 トン級の排水量で強力な武装を備えた新たな駆逐艦を設計することが必要となりました。
その結果として誕生したのが、初春型 ( Hatsuharu-class ) です。

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Hatsuharu

しかしながら、この 初春型 は、小排水量に過大な武装を盛り込んだ結果として、傾斜からの復元性があまりに悪いことが判明したため、その建造は 6 隻で中止されました。
そして 1934 年、日本は 1,700 トン級の新型駆逐艦である 白露型 ( Shiratsuyu-class ) を設計しましたが、その背景には、将来的にロンドン海軍軍縮会議から脱退する、という見通しがありました。
この 白露型 は、初春型 の準同型艦であり、そのパーツの一部は 初春型 の最初の 4 隻のものを流用しており、火力もほぼ同等でした。
白露型 では、排水量に比して武装がやや控え目となりましたが、これは重武装の水雷艇が転覆した事故 (友鶴事件) や、 吹雪型駆逐艦 が嵐により甚大な被害を受けた第四艦隊事件の教訓を反映した結果でした。

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Shiratsuyu

しかしながら、この 白露型 の性能は中途半端なものであったため、日本海軍は満足せず、吹雪型 と同様の大型駆逐艦が再び求められました。その結果、当初は 20 隻が予定されていた 白露型 は 10 隻で中止され、その代わりに 吹雪型 と同等の武装を備えた強力な駆逐艦を建造することにしました。その主な諸元は、速力 35 ノット、排水量 1,850 トン級というものでした。
これが 朝潮型駆逐艦 です。
その設計段階においては、あの悪名高い第四艦隊事件が発生したため、朝潮型 の設計も見直されることになりました。そして設計改修の結果として排水量が当初計画よりも増大し、朝潮型 は最終的には 2,000 トン級として完成するに至りました。

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Asashio

この 朝潮型 の性能は、Tier VIII の 陽炎型 とほぼ同等です。朝潮型 は、日本海軍からほぼ完璧であると評価され、航続距離が不足している点が唯一の欠点とされました。そして 陽炎型 は 朝潮型 の改良型であるため、両艦級の性能はとても似ているのです。
しかしながら、陽炎型 は、設計開始当初から友鶴事件と第四艦隊事件の教訓を完全に盛り込んだものとしては、初めての駆逐艦級でした。このことから、陽炎型 および 夕雲型 (Yugumo-class) こそが、日本の艦隊型駆逐艦という思想を完全な形で実現した究極の駆逐艦であるとみなされているのです。
朝潮型 の成功がなかったら 陽炎型 も存在しなかったはずであり、朝潮型 は日本の駆逐艦設計の歴史における重要なマイルストーンだったと言えるでしょう。

それでは、ここまでの内容をまとめておきましょう。ワシントン海軍軍縮条約が締結された結果として、日本は主力艦同士の決戦によって勝利を掴もうという野心を諦めざるを得なくなりました。そして、それに代わる頼みの綱が、航空機と駆逐艦だったのです。しかしながらこの計画もまた、ロンドン海軍軍縮条約によって駆逐艦に対する制限が加えられたため、実現できなくなってしまいました。そこで日本は水雷戦隊による魚雷戦を重視する方向に方針を変えました。そして、駆逐艦の対空兵装を充実させた場合には、「決戦兵器」としての駆逐艦の能力が削がれてしまいます。以上の結果として、第二次世界大戦の開戦前に建造された日本の駆逐艦は、艦隊決戦に特化した設計となっていたのです。

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