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Ladygrey

IJN Spotlight: Mutsu (陸奥)

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艦長の皆さん、

World of Warships に、Tier VI プレミアム艦艇として追加される戦艦 「陸奥」 は姉妹艦の長門と共に当時の日本国民に親しまれた日本海軍を象徴する戦艦でした。

ウォーゲーミングジャパン ミリタリーアドバイザー 宮永忠将が語る彼女の建造からの歴史背景を見てみましょう!

 

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Mutsu ( Tier VI プレミアム戦艦) : 日本の誇り

日本海軍の戦艦 「陸奥」 は、 戦艦がもっとも栄光に包まれていた時代に誕生した。

1905年の日本海海戦では、戦艦が勝利の決め手となったことで、主要海軍国では戦艦の開発競争が激化した。 特に 1907年にイギリスが開発したドレッドノートは、飛躍的に能力が向上した戦艦であった。 戦艦とは、他の軍艦では持ちようがない強力な主砲で殴り合うために作られた軍艦だ。 強力な主砲を搭載するには大きな船体が必要となる。同時に、最低でも自分の主砲の攻撃に耐えられるくらいの装甲がなければ、戦艦と呼ぶことはできない。 この条件を満たすために、戦艦は加速度的に大型化した。 各国が強力な戦艦の開発と取得にしのぎを削った 19世紀末から 1920年代までを、大艦巨砲主義の時代と呼ぶ。

 

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大改装前の陸奥

 

しかし戦艦の開発と建造には長い時間と莫大な費用がかかるので、将来の自国をめぐる海軍戦略を予見し、有事にあって最大の効果を発揮する艦隊を編成するための綿密なプランが必要となる。 日本では、八八艦隊整備計画を策定して、大鑑巨砲時代に立ち向かおうとした。

八八艦隊整備計画は、長い時間と複雑なプロセスを経て策定されたものであるが、簡単に言えば、「艦隊の中核戦力として戦艦八隻、巡洋戦艦八隻の常備を目指す」というものである。さらに、この場合の戦艦、巡洋戦艦とは艦齢 8年未満の新鋭艦であるとされた。 この時代、戦艦の寿命は 25 年程度とされていたので、ずいぶんとぜいたくな計画であったことがわかる。艦齢が古くなった戦艦は、二線級戦力として使われることまで決まっていた。

この八八艦隊構想の第1弾として建造されたのが、長門と陸奥、二隻の長門型戦艦だ。全長約 225 m、建造時の排水量 3万2720トン、305mm もの厚みの舷側装甲を持ち、主砲には 41cm 砲を連装 4基 8門を備えていた。ちなみに長門型の主砲は広く 16インチ砲と呼称されるが、厳密には少し大きな 410mm 口径であり、後の米英戦艦の 16インチ砲 ( 406 mm ) よりわずかに大きい。長門は完成した 192011月の時点では、16インチ級の主砲を搭載した唯一の戦艦であり、二番艦の陸奥と合わせて世界最強を称するにふさわしい戦艦であった。

 

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陸奥が起工されたのは、1918年06月01日で、ネームシップの長門の起工から約 9か月後であった。しかし、この時間差が大きな問題を引き起こす。1922 年02月に締結されたワシントン海軍軍縮条約において、陸奥が完成艦かどうかということで紛糾したのだ。 条約においては、発効時に未完成の戦艦は廃棄するものとされた。 実際、陸奥はこの時点で完成というには無理があったが、日本海軍は陸奥が完成艦であるとして譲らなかった。長門 1隻では戦隊が組めず、戦力として計算しにくい。完成間近に迫っていた陸奥を、日本海軍はどうしてもあきらめられなかったのだ。イギリス、アメリカを相手にした強硬な交渉の結果、最終的に陸奥の保有は認められたが、戦力バランスをとるため、アメリカが 1隻だけ完成していたコロラド級戦艦を追加で 2隻、またイギリスが将来 16インチ級主砲搭載の戦艦 2隻を建造できることになった。 これがネルソン級戦艦である。

1920年代から 1930年代後半にかけては、海軍軍縮条約の制限により新規戦艦の建造がほとんど停止したため、世界に 16インチ級の主砲を搭載したのは、長門型、コロラド級、ネルソン級の 7隻しかなかった。こうした希少性もあり、陸奥は連合艦隊旗艦を務めるなど、長門と並び日本国民の誇りとなった。第二次大戦がはじまる前に大改装を受けて、近代的戦艦にふさわしい能力を手に入れたが、一方で、上甲板と最上甲板の砲郭 (ケースメイト) にハリネズミのように副砲が格納されているいかつい姿は、第一次大戦の時代の名残でもあった。

 

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太平洋戦争では、ミッドウェイ作戦が最初の大きな出動になったが、前衛の機動部隊が完敗して作戦が中断されてしまい、以降、トラック泊地や南方の拠点と本土の間を行き来させるばかりで、実戦投入のチャンスを失っていた。 そして 1943年06月08日、瀬戸内海の柱島泊地に停泊中に、第 3 砲塔直下の弾火薬庫が爆発事故を起こし、船体は真っ二つになって沈没してしまった。 反抗的な水兵による放火ともいわれているが、いまだ真相はわかっていない。

 

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大改装時に取り外され、現在も江田島の第 1 術科学校に保管されている陸奥の第 4砲塔

 

陸奥は近代海軍の建設を目指した日本の、半世紀におよぶ努力の結晶である。16 インチ級主砲を持つ近代的戦艦を一応は国産できたことで、日本海軍の技術力が世界をリードする水準に到達していることを証明した、エポックメーキングな戦艦である。一方で、日本海軍が陸奥に固執しなければ、コロラド級 2隻と、ネルソン級 2隻、合計 4隻のライバル戦艦の建造を止めることもできたと考えると、戦局に寄与しなかったことも含め、陸奥にはネガティブな評価もある。

だが、ついに火を噴くことがなかった陸奥の 16インチ砲の威力は、「 World of Warships 」 の中でなら、存分に体験することができる。伝説の戦艦で大暴れしてほしい!

 

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