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Naval Battles : ソロモン諸島の戦い - 第二次ソロモン海戦

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第二次ソロモン海戦
第二次ソロモン海戦は第二次世界大戦中太平洋で行われた 3 度目の空母決戦です。 1942年08月24日から 25日の間、ソロモン海の東沖でお互いの艦隊を探し求めました。


 

ソロモンを懸けた戦い
連合軍のガダルカナル島上陸でソロモン諸島を懸けた戦いが幕を開けました。 戦いの多くはガダルカナル島、そしてそこにあるヘンダーソン飛行場を懸けて行われました。 ヘンダーソン飛行場は元々ジャングルと沼地を開拓して日本軍が建設したもので、そう簡単に連合軍に譲り渡す気は到底有りませんでした。 その結果、第一次ソロモン海戦では日本海軍がその夜戦での優位性を示しました。

 

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ガダルカナル島、ヘンダーソン飛行場に並ぶ F4F-4 ワイルドキャット戦闘機、1942年

 

カ号作戦
連合軍からから飛行場を取り返し、追い返すために帝国海軍と陸軍はカ号作戦を決行します。 作戦は簡単に説明すると陸戦部隊はヘンダーソン飛行場を奪取し、海軍はアメリカ空母を見つけ、それを沈めるというものでした。

 

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1942年08月12日ガダルカナル島付近を航行中の USS ワスプ (手前)、奥USS サラトガ、USS エンタープライズ。 制空権を得ることが非常に重要だったため、太平洋での戦いではアメリカ空母は常に日本海軍の最重要目標でした。

日本海軍は主力を 3 つの集団、および田中頼三少将率いる上陸部隊に分けてこの作戦に挑みました。

 

主力艦隊

正規空母 2
軽空母 1
戦艦 2
重巡洋艦 3
軽巡洋艦 1
駆逐艦 11

 

前衛艦隊

戦艦 2
重巡洋艦 3
軽巡洋艦 1
駆逐艦 3

 

先遣部隊

戦艦 2
水上機母艦 1
重巡洋艦 5
軽巡洋艦 1
駆逐艦 6

 

空母を探せ
本土からトラック諸島への大規模な艦隊の移動を察知した連合軍は、近々帝国海軍がソロモン諸島に向けて大規模な作戦を行うことを予測します。

優秀な解読班を持ちながらも、連合軍はソロモン諸島に向かう日本海軍艦隊の詳細、特に空母の存在を掴むことができませんでした。 解読班の報告は「戦艦1,2 隻、巡洋艦 15 隻、多数の駆逐艦」とされ「空母の存在は確認できないが、否定もできない」というものでした。

これは無線交信規律を厳格に守っていた日本海軍の成功とも言えます。 フランク・J・フレッチャー中将率いるアメリカ任務部隊は戦闘が開始するまで相手の空母戦力を知ることはできませんでした。


 

闇夜の探索
22 日から双方はお互いの位置を探り合います。 米軍は PBY カタリナと B-17 爆撃機をエスピリトゥサント島そして一部、そしてカクタス航空部隊を偵察に出します。 日本海軍もラバウルから二式飛行艇から飛ばし、アメリカの空母の探索をします。

23 日に入り PBY カタリナ飛行艇がブーゲンビル島沖をニュージョージア海峡へ向けて移動する日本の輸送艦と駆逐艦を発見します。 これは田中頼三少将率いる増援部隊でした。

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艦隊が発見されたブーゲンビル島沖のニュージョージア海峡付近。 ( B 地点)

フレッチャーはこれまで得た情報から付近に日本の空母機動部隊はいないと考え、USS サラトガおよびヘンダーソン飛行場から空襲を命じます。 しかし、攻撃隊は予測地点で日本艦隊を発見できませんでした。

田中は敵偵察機に発見されたことに気付き、攻撃を受ける前に艦隊を反転させたのでした。 米軍の攻撃隊はガダルカナル島に戻りました。 その因る、 USS ワスプとその護衛は補給の為にエファテ島へ向かいました。

増援部隊が撤退したため、田中の予定していた上陸作戦は 25 日まで遅らされました。 そこで、山本五十六連合艦隊司令長官は 08月24日未明にヘンダーソン飛行場への空襲を命じ、そのために主力艦隊の一部から分隊を編成させました。

 

陽動艦隊

軽空母 1
重巡洋艦 1
駆逐艦 2

 

発艦開始
08月24日未明米軍側では USS エンタープライズの偵察機およびサンタ・クルーズ諸島の PBY カタリナが敵艦隊を探しガダルカナル島北西を偵察していました。

朝 9:00 頃にカタリナが分艦隊をツラギ沖、北 400 km の海域で発見しますが、他のその他の航空機による報告はありませんでした。

未だ海域に他の空母がいるという有力な情報はなく、この小規模な機動部隊以外の情報はありません。 この艦隊がガダルカナル島からの攻撃射程外であることから、フレッチャー中将は様子を見ることにします。

 

午前 10:00 頃に別のカタリナによる報告で近藤信竹中将率いる先遣艦隊を発見、11:38 に先ほどのぶん艦隊が予想よりも速いペースで南下していることが報告され、まもなくガダルカナル島からの攻撃射程内に入ることが伝わります。

この時点でフレッチャーは先送りにしていた判断を迫られます。 今なら先制攻撃を行えますが、攻撃を行うことで自艦隊の位置がばれ、反撃を受ける可能性があります。 また、日本の空母がどこにいるのか、そもそもこの海域に日本の機動部隊がいるのかも不明でした。

しかし、確定情報を待っていれば反応が遅れ、空母戦になった場合には逆に先制されてしまう可能性が出ます。

 

多くが懸かっている決断でしたが、フレッチャーは USS エンタープライズに偵察隊を発艦させます。 16 機の SBD ドーントレスと 7 機が日本の艦隊を探しに北西へ飛び立ち、直ちに分艦隊を発見しました。

状況は一向に変わらず、フレッチャーは日本の空母の状況を掴めないまま時間だけが過ぎて行きました。 そこで、発見された龍驤だけでも叩こうと USS サラトガから攻撃隊を発艦させます。 ちょうどその頃龍驤からは第一次攻撃隊および第二次攻撃隊、九七式艦上攻撃機 6 機と零式艦上戦闘機合計 15 機がガダルカナル島のヘンダーソン飛行場を攻撃するために発艦しました。 第二次ソロモン海戦の開戦です。


 

龍驤の最後
ラバウルから支援に来るはずの飛行隊が悪天候で引き返してしまったため、龍驤の航空隊がヘンダーソン飛行場にたどり着くと単独で飛行場の直掩機と戦うことになります。 飛行場に対して爆撃を行いますが、大きな被害を与えることはできず、この戦闘で 6 機を失います。

15:36 に USS サラトガの攻撃隊が龍驤に到達、攻撃を行います。龍驤は右舷へ回頭し回避を試みます。

しかし、直掩機がほとんどいない状況では米軍機からの攻撃を防ぎきることはできず、龍驤は爆弾 3 発と魚雷 1 発を受けてしまいます。

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龍驤 (中央) と B-17 の爆撃に巻き込まれないよう龍驤から離れる天津風 (下) と時津風 (右)

攻撃により龍驤は航行不能になり炎上します。 乗員による消火活動が行われますが、火災・浸水共に激しく処分が決断されます。 乗員の多くは海へ飛び込みます。

龍驤を喪失したため、帰還した航空隊は着艦する場所がなく、多くは不時着水し、龍驤の乗員と共に生存者は利根、天津風、時津風により救助されました。


 

フレッチャーのピンチ
ヘンダーソン飛行場上空で航空戦が行われている頃、筑摩からの偵察機がアメリカ側の空母を発見します。 偵察機は直掩機に撃ち落とされますが、撃墜される前に空母の位置を伝達することに成功します。 この時点で自らは発見されていない状態で敵空母の位置を知った日本側が有利になります。

すぐさま米空母に向けて九九式艦上爆撃機 27 機、零式艦上戦闘機 10 機の第一次攻撃隊を発艦させます。 前衛艦隊も敵艦隊に夜戦を仕掛けるため動き出しました。

 

第一次攻撃隊は偵察をしていた USS エンタープライズの SBD ドーントレス 2 機に発見されますが、この報告は 1 時間以上フレッチャーに届きませんでした。 SBD 2 機は翔鶴に爆撃を試みますが、大きな被害を与えることはできませんでした。 1 時間後、九九式艦上爆撃機 27 機、零式艦上戦闘機 9 機を含む第二次攻撃隊も発艦します。

フレッチャーが報告を受けた時には彼が想定していた最悪の事態が展開していました。軽空母の攻撃にすべての航空隊が出払っていて、自らの空母を守るものが残っていなかったのです。


 

緊急発艦
日本側の攻撃隊の存在を知った米空母は飛行甲板に残っていた機体を発艦させ回避行動を取る準備をします。 艦爆と雷撃機は敵空母を探しに北西へ向かいましたが、日照時間は残り 2 時間で、この時間で敵空母を発見し、攻撃、帰還するのは絶望的でした。

一方、F4F-4 ワイルドキャット戦闘機は日本の攻撃隊の迎撃に向かいました。 しかし、機銃が 2 丁増えたワイルドキャットは機動性と上昇力が低下しており、日本側もこれを知っていました。

日本の攻撃隊はワイルドキャットの迎撃を回避するために 5,500 から 7,300 メートルの高高度から侵入し、アメリカの迎撃機が不利な状況を作りました。

日本側の作戦は成功し、16:30 頃に爆撃機が米空母に突入します。


 

危ないエンタープライズ
USS エンタープライズとサラトガは高速で旋回を繰り返し回避行動を続けました。空母上空は対空砲火で埋め尽くされました。

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USS エンタープライズ直上で撃ち落とされる急降下爆撃機

 

日本軍機の攻撃は USS エンタープライズに集中し、最初のいくつかの攻撃を回避することに成功しますが、これだけの攻撃を受けて無傷でいることは不可能でした。

最初の直撃弾は時限信管式の鉄鋼爆弾で、後部エレベーター付近の飛行甲板を貫通し、エレベーターを停止させ、水線下に浸水を発生させました。

次の直撃弾も後部エレベーター付近に落ち、5 インチ砲列に命中、即応弾が引火します。

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USS エンタープライズへ落ちた 3 つ目の爆弾

そこで第一次攻撃隊による空襲は終わり、攻撃隊は帰還していきます。 第二次攻撃隊も近くまで来ていましたが、接敵できずに帰還します。

日本側の水上艦隊は米空母を探し南下を続けますが発見に至らず、両軍ともにそのまま戦闘海域を離れます。


 

グレーゴースト
甚大な被害を受けたにも関わらず、USS エンタープライズは航行可能な状態を維持し、戦闘海域を離脱しました。 直撃弾を受けた瞬間からダメージコントロール班は応急修理を急ぎ、艦の喪失に繋がるような被害を防ぐことに成功します。 注水により傾斜は復元され、飛行甲板には板が貼られました応急的に利用できるようにされましたが、飛行隊はヘンダーソン飛行場に編入され、次の数週間をそこで過ごすことになります。

 

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炎上し、傾きながらも航行を続ける USS エンタープライズ

 

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爆撃を受けた 5 インチ砲列

USS エンタープライズの被害状況を見た日本の攻撃隊は艦が沈んだものと想定しお祝いが行われました。 しかし、エンタープライズは沈んでいなかったのです。

本格的な修理が必要となった USS エンタープライズは真珠湾に戻り、10 月にソロモン諸島に戻ってきます。 南太平洋海戦では再び翔鶴と瑞鶴と対立することになります。 その後も被害を受けながら沈むことのないこの空母は「グレーゴースト」の異名を得ることになります。


 

その後の戦いへの影響
海戦の混乱から日本側はアメリカの空母を両方共撃沈したと勘違いし、計画通り 25 日に田中の護衛艦隊をガダルカナル島に送り込みます。 この艦隊はヘンダーソン飛行場のカクタス航空隊、そしてエスピリトゥサント島の B-17 からの空襲に遭い、旗艦神通が大破し、駆逐艦睦月および輸送船金龍丸が沈没します。 上陸作戦は断念され、艦隊は引き返します。

日本は今のところ夜戦ではまだ優位に立てましたが、第二次ソロモン海戦はガダルカナル島にあるヘンダーソン飛行場を抑えないかぎり日本がソロモン諸島の全権を握ることは不可能だということを表しました。

1 隻の正規空母に甚大な被害を受けながらも、連合軍側のは多くの敵艦を沈めることができ、また、日本の航空隊を消耗させました。 どちらも目的を果たせなかった点では痛み分けとされることもありますが、比較的消耗の少ない連合軍の方がやや優勢の状態で戦いを終えました。 この流れはその後の戦いにも見られるようになります。


 

参考文献

  1. Toll, I. (2012). Pacific Crucible. New York: W.W. Norton.
  2. Toll, I. (2015). The Conquering Tide. New York: W.W. Norton.
  3. Stille, M.E. (2013). The Imperial Japanese Navy In The Pacific War. Oxford: Osprey Publishing
  4. U.S. carriers Wasp, Saratoga, and Enterprise operating in the Pacific south of Guadalcanal on 12 August 1942 - by US Government, photo taken by US Navy photographer William T. Barr - US Government (http://www.cv6.org/noumea/default.asp?uri=detail/barr-img-270&ref=August+1942), Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=816181
  5. Approach route of Mikawa's ships for the Battle of Savo Island: By Cla68 (own work assumed based on copyright claims) CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1122289
  6. Aerial photograph of Ryūjō, Amatsukaze, and Tokitsukaze - by USAAF; Official U.S. Navy photo [1] from the U.S. Navy Naval History and Heritage Command; Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5487882
  7. Japanese dive bomber shown down over USS Enterprise - by U.S. Navy, U.S. Navy National Museum of Naval Aviation photo No. 1996.488.272.009, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=265437
  8. Third bomb hit on USS Enterprise - by US Navy, Official U.S. Navy photograph 80-G-17489, now in the collections of the National Archives., Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=265365
  9. Ruined starboard 5-inch gun gallery on USS Enterprise - by US Government, photo taken by US Navy photographer William T. Barr - US Government, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=860864
  10. Enterprise aflame, listing, and steaming ahead - by US Government - Official U.S. Navy photo NH 97778 (cropped) from the U.S. Navy Naval History and Heritage Command, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=811164

 

関連リンク (ソロモン諸島の戦いに関する連載の他の記事)
この記事は第二次世界大戦中アメリカ海軍と日本海軍の間で行われたソロモン諸島の戦いに関する連載の 2 つ目の記事です。

 

 

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