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Naval Battles: ソロモン諸島の戦い - 第一次ソロモン海戦

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※ 当記事は、画像等の一部情報を省略して掲載されています。 全て閲覧される方は World of Warships ポータルページをご参照ください。


 

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背景
1942年08月07日に連合軍はガダルカナル島を日本軍から奪取することを主目的とした「ウォッチタワー作戦」を開始し、長期に渡る血みどろの対日反攻作戦が開始しました。

太平洋戦争の大部分はパプアニューギニア付近の南太平洋の海で行われ、この付近にはソロモン海、そこにソロモン諸島があります。

ガダルカナル島とフロリダ諸島の間にあるサボ海峡とその付近で幾度と無く海戦が行われ、多くの船が沈んだことから後にアイアンボトム・サウンド (鉄底海峡) として知られるようになります。

 

ソロモン諸島の重要性

Naval Battles : 珊瑚海戦でも触れられたように、大日本帝国は急拡大する領土の南方を堅牢なものとする為この地域へ進軍します。

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1942年の時点での日本軍の進行状況 (東側にあるのがソロモン諸島)

 

南進はオーストラリアの補給線を絶ち、その脅威を排除することが大きな目的で、その最初の一歩にポートモレスビーそしてツラギの攻略があります。 ツラギ島の占領は成功しますが、珊瑚海海戦の結果空母による十分な航空支援が受けられない状態になり、ポートモレスビー侵攻は延期されます。

ポートモレスビー攻略は失敗したものの、日本軍は着実にソロモン諸島の防衛を強化していきました。 日本はこのままオーストラリアをアメリカから完全に分断し、太平洋の覇権を握るつもりでした。

日本軍はガダルカナル島に飛行場の建設を開始し、フロリダ諸島にニューブリテン島のラバウル基地の防衛を支援するための通信および水上機基地を作ります。ニューギニアへの攻撃も開始し、主にオーストラリア軍から構成される連合軍部隊と衝突します。

 


 

連合軍が先制

連合軍はもちろんこれを阻止しようと動きます。 08月07日 にウォッチタワー作戦が決行され、大量の兵士をガダルカナル島とフロリダ諸島に上陸させます。

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連合軍の上陸部隊の支援をするオーストラリアの重巡洋艦キャンベラ

 

今までの戦いで航空戦力の重要性を痛感した連合軍は日本軍が建設中の飛行場に奪取を優先的に行います。 完成間近の飛行場を奪えばこの地域での日本軍の空からの支援を阻止することができるからです。

不意を突かれた日本側は 7 日から 8 日の間ラバウル基地から爆撃を仕掛けますが、あまり効果的ではありませんでした。 増援部隊を上陸させる試みもありましたが、連合軍が千人規模での上陸を行っていることを把握した時点でこの時点での増援は中止されます。

空襲により日本軍は輸送艦 1 隻を撃沈、アメリカの駆逐艦ジャーヴィスを大破させます。 そして、西沢広義や坂井三郎などの精鋭揃いのラバウル航空隊の反撃によりアメリカ海軍は艦上戦闘機を多く失います。

この戦闘中、坂井は SBD ドーントレスの爆撃飛行隊を F4F ワイルドキャットと見間違え後部から接近し、後部機銃の30口径弾を受けます。 坂井は頭を撃たれ、体の左側の自由が効かず、右目がほぼ失明した状態で 4 時間以上かけて 560浬 ( 1,040km ) を飛行し無事ラバウルに帰還した。

 

連合軍のガダルカナル島上陸に対し帝国海軍も動き出し、三川軍一中将率いる第八艦隊が 8 日にラバウルから出撃します。そこに、五藤存知少将率いる第六戦隊の巡洋艦も合流し、次の重巡洋艦 5 隻、軽巡洋艦 2 隻、駆逐艦 1 隻から構成される艦隊として作戦に参加します。

 


 

第八艦隊

     重巡洋艦     

                 鳥海                 

青葉

古鷹

加古

衣笠

軽巡洋艦

天龍

夕張

駆逐艦 夕凪

三川艦隊ブカ島を通り過ぎ、ブーゲンビル島の南を通りニュージョージア海峡を通過します。 偵察機やアメリカの潜水艦に発見されますが、攻撃を受けること無く 8 日の日が沈む頃にサボ島沖を目指します。

 


 

第八艦隊突撃の突入
ガダルカナル島とフロリダ諸島の間にサボ島が位置する関係から、ニュージョージア海峡からサボ島沖へ抜けるルートは 2 つしかなく、どちら側から回るにせよサボ島の東側を通り、反対側を抜けなければなりません。

 

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ラバウルから出撃する第八艦隊
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サボ島付近での第八艦隊の動き

 

三川は南方から突入し、遭遇した敵艦隊と交戦し、北側は離脱する事を計画します。

ニュージョージア海峡を抜ける日本艦隊に関して情報が錯綜しており、リッチモンド・ターナー少将およびヴィクター・クラッチレー少将率いる連合軍の上陸部隊は内容の異なる複数の報告を受けていました。

不十分な偵察や伝達ミスによるターナーは「敵艦隊は水上機母艦を護衛中で、攻撃にこちらへ向かってくることは無い」と判断します。 そして、その誤った情報から水上艦による夜戦よりも、早朝の空襲の可能性が高いと判断します。

この結果、連合軍は揚陸中の輸送艦に対する護衛を 3 つの集団に分けてしまいます。

 

南方部隊

重巡洋艦

オーストラリア (豪)

キャンベラ (豪)

シカゴ (米)

駆逐艦

パターソン (米)

バッグレイ (米)

 

北方部隊

重巡洋艦

ヴィンセンス (米)

アストリア (米)

クインシー (米)

駆逐艦

ヘルム (米)

ウィルソン (米)

 

東方部隊

軽巡洋艦

ヘルム (米)

ウィルソン (米)

駆逐艦

ブキャナン (米)

モンセン (米)

 

その他にアメリカの駆逐艦ラルフ・タルボットが北水道、ブルーが南水道を哨戒していました。

連合軍は全体として重巡洋艦 6 隻、軽巡洋艦 2 隻そして最低でも 8 隻の駆逐艦を周辺海域に配置していました。

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海戦直前の日本、連合軍の双方の配備状況

 


 

疲労困憊の連合軍
作戦開始から 48 時間がたち、常に警戒態勢を維持していた連合軍の兵士は疲れ果てており、休息を必要としていました。

極限状態での疲労は時に作戦に壊滅的な影響を及ぼします。 疲れた人間はミスを犯しやすくなり、これはこれらの連合軍兵士も同じでした。敵艦隊に関する間違った発見報告、そして敵の偵察機を発見したのに見逃してしまうなどの事態が発生しています。

夜間に反撃を想定していなかった連合軍は警戒態勢を弱め、乗員の半分に休息を取らせます。 駆逐艦ブルーとラルフ・タルボット連携の取れていない状態で哨戒を続けます。

この混乱そして疲労により連合軍の乗員は戦闘の準備が出来ていませんでした。 そして、三川艦隊の夜戦はこのような状況で最大の効果を発揮します。

 

夜戦の精鋭部隊
当時日本海軍は夜戦に特化した訓練を行っていたため、三川中将は夜に攻撃を決行しました。 夜間でも使える測距儀や効果的な照明器具、そして夜目を鍛えた特別な訓練を受けた見張りを配備していました。 この結果、開戦からしばらくの間、夜戦は日本海軍の独壇場でした。

夜戦うことにはもう一つ、夜間は有効的に働けない敵の航空機を避けて戦えるというメリットがありました。

 

夜暗へ消えゆく艦隊
日付が変わってすぐの 01:00 頃、第八艦隊はサボとの南側、ガダルカナル島との間の海域に到達します。 哨戒中のブルーを発見した第八艦隊は接近し過ぎないよう進路を変え、艦首波が目立たないよう速度を落とします。

常に主砲をブルーに向けながらも、第八艦隊は一発も発砲せずに静かに海域を抜けます。 この時、連合軍側の見張りは第八艦隊を発見できず、またサボ島が邪魔し、レーダーでも上手く敵艦隊を捉えることが出来ませんでした。

南水道を抜けると第八艦隊は再び速力を上げます。 奇襲は成功です。

 


 

一方的な展開
第八艦隊は現在のアイアンボトムサウンド付近に到達し、前日の攻撃で炎上している輸送艦ジョージ・F・エリオットの炎の光で巡洋艦キャンベラとシカゴを発見します。 三川は即座に攻撃命令を出します。

駆逐艦パターソンは敵艦艇に気づき警報を発しますが、既に魚雷が放たれ、偵察機によりアメリカの巡洋艦上空に吊光弾が放たれた後でした。直後に第八艦隊が砲撃開始し、更に徹甲弾が降り注ぎます。

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鳥海から見る吊光弾

 
キャンベラは最初の攻撃の矛先を受けます。 20 発以上を被弾し、魚雷を 2 発受けます。 この掃射で艦長を失ったキャンベラは機能停止します。 シカゴは動かなくなったキャンベラを避けながら反撃を試みますが、攻撃を命中させることが出来ません。

その後シカゴも艦首に魚雷を受け、急激に速力が低下します。 副砲を発砲し続けますが、この時点ではもう戦いに影響をあたえることは出来ません。 パターソンは短い間第八艦隊と砲戦になりますが、敵が北進するのを見て深追いはしませんでした。 そして、シカゴは他の部隊に攻撃があったことを報告し損ねます。

 


 

闇を照らす明かり
南方部隊を攻撃した後に第八艦隊は北方に向かい、意図せずに 2 手に別れて北上することになります。 天龍、夕張、古鷹は第八艦隊の主力よりも西側、第八艦隊の他の艦艇はその東側を先行して北進します。

その後第八艦隊はヴィンセンスが率いる北方部隊を発見し、攻撃開始。 2 手にわかれたことでちょうど北方部隊を挟み込む形になります。

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北方部隊との戦闘時の双方の配置

 

巡洋艦の偵察機からの吊光弾が再び連合軍の巡洋艦の位置を照らしだし、第八艦隊が即座に砲撃を開始します。

鳥海、青葉、衣笠、加古はアストリアに砲撃を集中し、アストリアは炎上、機関停止します。 アストリアは衣笠の探照灯めがけて砲撃を試みますが、流れ弾が鳥海の艦首主砲塔に当たるのみでした。

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北方部隊に探照灯照射を行う夕張


クインシーは両側面から攻撃を受けながらも、東側の敵艦隊の列に突撃しようとします。 しかし、集中砲火、そして天龍からの魚雷 2 発を受け断念します。 まだ砲塔が動いていたクインシーは反撃し、鳥海に砲弾を命中させます。 命中弾は三川中将にほとんど当たりそうな位置に着弾しますが、クインシーはそれ以上の被害を加えられませんでした。 日本側はクインシーに対する砲撃を続行し、艦橋を破壊されたクインシーは沈黙し、徐々に沈んでいきます。

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探照灯に照らされ、炎上するクインシー、左側の炎は燃えているヴィンセンスと考えられている

 

ヴィンセンスも同じような運命をたどります。 74 発を被弾し、左舷に 2 回被雷し、船体に大きな亀裂が生じます。 火災によりほぼ燃えつくされたヴィンセンスはすべての機能を消失します。 沈み始める船に対して艦長が総員退去を命じます。

ヴィンセンスとクインシーは戦闘直後に沈没し、アストリアは翌日まで燃え続けた後に沈みます。

 


 

三川艦隊反転せず
北方部隊を叩いた後に第八艦隊はサボ島の北を抜けます。 そこでラルフ・タルボットを攻撃します。ラルフ・タルボットは 5 発の直撃弾を受け、レーダー、通信、火器管制が機能を失いますが、運良くスコールに逃げ込み轟沈を免れます。

その後三川中将は無防備な連合軍の輸送艦に攻撃を加えず、第八艦隊に早期に撤退を命じます。 この時点で輸送部隊を叩いていれば後のガダルカナルでの戦いで連合軍側も厳しい戦いを強いられていたでしょう。

この転機を逃したことで三川は批判を受けますが、同時に三川は与えられた情報から最善の判断をしたとも言えます。 まず、三川は誤った報告から空襲により敵の輸送部隊は壊滅していると聞かされていました。 また、戦闘により弾薬をかなり使い尽くした状態で、敵艦艇の状況がわかりませんでした。 最後に、航空攻撃を避けるためになんとしても朝までには撤退したかったのです。

三川が当時知り得なかった情報として、フレッチャー提督は前日の戦闘機の損失から海域の空母を下げていてので、航空攻撃の心配はありませんでした。 しかし、アメリカ軍がその航空戦力を魅せつけた 2 ヶ月前のミッドウェー海戦に参加していた三川には慎重になる理由があったのです。

 


 

その後の戦いへの影響
第一次ソロモン海戦では日本海軍がその夜戦能力の高さを示しました。 日本海軍は比較的小さな艦隊でより大きな敵を相手にほぼ一方的な戦果を収めました。 そしてこの戦いの結果はソロモン海域でその後数ヶ月続く戦いを性格づけました。

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キャンベラの搭乗員を救出するブルーとパターソン


ソロモン諸島をめぐる戦いの間、日中はヘンダーソン基地の 「カクタス航空部隊」 が猛威を振るい、日本海軍が夜戦で猛威を振るいます。 また、夜にはカクタス航空部隊を避けてニュージョージア海峡を抜けてくる駆逐艦が日本側の上陸部隊に補給物資を運ぶ鼠輸送が行われ、連合軍側はこれを 「東京エキスプレス (東京急行) 」と呼びます。

日本側が圧勝したこの戦いですが、戦略的にはほとんど影響を与えませんでした。 ガダルカナル島および未完成の飛行場は連合軍の手の内のままで、連合軍の上陸部隊は揚陸を続けることが出来ました。 三川が反転し上陸部隊を攻撃していたならば、連合軍も物資を確保するのに苦労し、ソロモン諸島を巡る戦いは違った結末を迎えていたかもしれません。

日本軍がガダルカナル島撤退を決断するまで、その後もこの海域での戦闘は続きます。 ソロモン諸島を懸けては再び空母が主体となる戦闘だけでも瑞鶴、翔鶴が米空母と対峙した第二次ソロモン海戦そして南太平洋海戦と 2 回も海戦が行われます。

 


 

参考文献:

  1. Toll, I. (2012). Pacific Crucible. New York: W.W. Norton.
  2. Toll, I. (2015). The Conquering Tide. New York: W.W. Norton.
  3. LTC Quantock, D. E. (2016). Disaster at Savo Island, 1942. [online] ibiblio.org. Available at: http://www.ibiblio.org/hyperwar/USN/rep/Savo/Quantock/
  4. Hickman, K. (2015). World War II: Battle of Savo Island. [online]  about.com. Available at: http://militaryhistory.about.com/od/worldwari1/p/battle-of-savo-island.htm
  5. Japanese advances in the Southwest Pacific from December 1941 to April 1942: By MacArthur's General Staff - United States Army Center of Military History. The Campaigns of MacArthur in the Pacific, Volume I. Reports of General MacArthur. Retrieved on 2006-12-08., p. 24 ([1]), Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5912356
  6. Photograph of USS Quincy (CA-39) during the Battle of Savo Island: By Imperial Japanese Navy, copied from the Rear Admiral Samuel Eliot Morison World War II history illustrations file. Official U.S. Navy photo NH 50346 from the U.S. Navy Naval History and Heritage Command
  7. HMAS Canberra protecting three Allied transport ships: By Unknown - Official US Navy Photograph 80-G-13485, US National Archives. https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=981936
  8. Approach route of Mikawa's ships for the Battle of Savo Island: By Cla68 (own work assumed based on copyright claims) CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1122289
  9. Chart of Disposition of ships on the night of August 8: By U.S. Navy - U.S. Navy All Hands magazine November 1980, p. 46., Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=36962989
  10. Japanese Plan of Attack for Battle of Savo Island: By Captain Ohmae, Imperial Japanese Navy. Uploaded to Wikipedia by Cla68 CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1123096
  11. Illumination flares seen from Chōkai: By Imperial Japanese Navy - Rengo Kantai Fujo-su, KK Best Sellers, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1582258
  12. Map showing attack on northern force by Japanese warships: US Navy, modified by Wikipedia user Cla68 on August 31, 2006, to show that Japanese force split into two groups. Original source: http://www.ibiblio.org/hyperwar/USN/USN-CN-Savo/index.html. CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1123114
  13. Cruser Yūbari shines searchlights towards northern force of Allied warships: By Imperial Japanese Navy - Shin Jitsu No Senkan-Shi #2, "Gakken", Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1582573
  14. US Destroyers Blue and Patterson evacuate the crew from the burning Canberra: By US Navy; The original uploader was Raul654 at English Wikipedia, 2004-08-07 (original upload date) - Official U.S. Navy photograph 80-G-13488 from the Naval History and Heritage Command [1]; Transferred from en.wikipedia to Commons by Berichard using CommonsHelper, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5073860

 

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